2017/12/12 5巻の呪いについて
Q:こんにちは、いつもお世話になっております。
5巻、呪いについてもっと教えてください。
今まで使うつもりはなかったのですがどうしても痛い目に合わないといけないと強く感じた存在が出たので行使します。
呪いは正当な因果、と言いますが、私の考えとして
・人類は根底で全員繋がっているから呪いをすると多少なりとも自分にも悪影響がある。
・呪いは悪いことをイメージするのだから、最終的には自分自身の潜在意識を汚染することにつながらないか?
という2点があり、中々使おうという気持ちにはなりませんでした。
この考えは合っているのか、そして合っているならば悪影響を受けないようにする方法はないのかということについて教えていただきたく思います。
A:お主の懸念する所の2点に関してじゃが、確かにその要素は存在するのは事実じゃな。
「人を呪えば穴二つ」という言葉はそのあたりの仕組みを端的に表している。
しかしこれもあくまでこの星の知識の範囲内での話で、実際には「審判した方がいい罪状」や「これ以上罪を重ねて本人と周囲全てに対してまずいことにならないために死んだ方がいい存在」
「自意識をクリーンにしたまま、呪いを出す方法」などはいくらでもあるわけじゃな。
それに加えて先程の「人を呪えば穴二つ」も「罪を憎んで人を憎まず」などの綺麗事も、実は「非人道的な行為をした加害側」が「復讐を恐れて流布した概念」にすぎないことも多い。
※このあたりはあの死神の娘の作品「エクスキューショナー」が詳しく書いてある感じじゃな。
あの死神娘的な言い回しで言うなら…
この星の知識における大弱点は「倫理的な善悪のみで物事を語り、断じて、最終的な目的地や結果としてものを見る存在が少ない」ということじゃな。
極端な言い方をすれば「人殺しは悪!」という概念がはびこりすぎて、「その者が存在することで、1000万人が殺される」という状況であっても、その者の命は守られているのが問題なわけじゃな。
これは未来においては「不公平」だと判断されるし、その悪を放置することは「積極的に悪に加担している行為」にうつるわけじゃ。
この星の未来世界においては倫理や感情や科学や合理性がハイブリッドされた優れた価値観が生まれているが、今現在ではまだまだ目先の感情だけの判断で動いている者が多いし、そうした古い価値観をメディアがドラマを通して洗脳しているのも問題じゃな。
ということで基本的にはそのあたりの懸念はあまり気にしなくても良い感じじゃな。
というより、そうした悪影響を受ける者は、お主のように考えはしない。
そこまで考えている時点でお主には素晴らしい公平性や視点があるし、そうした者であれば呪いが返ってくることはほぼ無いからの。
それでも心配な場合はエクスキューショナーのリーパーを召喚してそれに審判してもらうのが安定じゃ。
リーパーならそのあたりのさじ加減が絶妙じゃからな。
2017/1/14 呪いに関して
Q:魔術や呪術で攻撃されることについて質問があります。
述の世界においては「攻撃にやられる」のは弱い証であり、「その気になれば周囲に意識の結界を張ったり、極端な話でいえば指先1本で周囲に境界線を引くだけでも守りは固められる」という考え方がありますが、私は比較的攻撃をもらいやすく防御力が高くありません。
これは私自身の弱さということなのでしょうか?
A:ふむ…これも面白い質問じゃな。
まず質問自体の答えじゃが、これはイエスでもありノーでもあるな。
まずイエスの点に関しては、魔法使い入門2の4巻指印や10巻のキャリブレーションなどを学べばわかるとおり、習熟していけば指先1本でそうした事を成すのは容易い事は事実じゃ。
ノーの部分に関して言えば、その人物のミッションや成すべき事柄によっても「攻撃を受ける」という意味あいが、質も量も全く変わるケースがあるので注意じゃ。
例えを幾つか話そう。
・お主が野球にそこそこ長けていたら草野球でエースになるのは比較的簡単かもしれぬが、プロの野球選手になろうとすれば必要な訓練の質や量は格段に高い物が要求される。
・家の周りの道路掃除をするくらいならば難なくこなすことが出来る。
しかしこれが世界中の道路を綺麗にしようと働きかけるならば、家の周りのゴミ掃除とは比較にならない程の労力を要するし資金集めにも苦悩するし、ものぐさな人間たちの反対にあうかもしれぬ。
・お主が自分だけを良くする魔術を行使するならばほとんど抵抗はないかもしれぬが、これが世界を良くしようと変化させる術を行使しようとすれば、それを快く思わない勢力により抵抗される可能性が高まる。
・1対1では無敵を誇る喧嘩の強い男がいたとしても、それが1対10の喧嘩になれば大苦戦するし、1対1000の喧嘩では確実に負ける。
※その男の喧嘩の力が変化しているわけではないのに、相手の数によって勝敗の結果が変わってしまう。
これらのケースでおおよそ察したと思うが、今回のケースもそれと同じじゃ。
仮にお主自身の強さがかなりのものであったとしても、もしも世界規模の何かを変化させたりしようとするならば大きな抵抗にあう。
そうした巨大な抵抗にあえば、非凡な者の力を持ってしても難儀するケースもままあるわけじゃな。
何事も関わりのない中で自らだけを守るならば簡単じゃ。
しかしこれが、ある程度の規模の世界に関わり始めたり、邪な者たちから疎まれる存在であったならば、受ける妨害の量や質は個人の比ではない。
じゃから、こうした方面からの洞察をせず単に攻撃を受ける・受けないだけの結果だけで物事や強さを断じるのは視野が狭いと言えるわけじゃな。
2015/5/5 5巻の呪いに関する質問
Q:リベンジマジックについて質問です。長文失礼します。
自分の親しい人が攻撃され、親しい人と自分との縁を断たれてしまった…など、
自分が(自分とは無関係の第三者によって)結果的・間接的に被害にあったと感じられる場合でも、
カルマの法則上は、師匠の話していた「他人の呪い問題への干渉」と同様に扱われるのですか?
例えば、
(学校や職場、ネットなどの空間で)
自分(仮にAとします)とB(友人)は普段から仲良くしていた
↓
しかし、Bは攻撃者(Aと無関係の集団)による、サイコアタックに相当する行為(理不尽な暴力・誹謗中傷など)で転校や退職、退会などに追いこまれ
↓
Aは結果的にBという友人(より正確にはAとBが一緒に過ごせる機会)を失ってしまった。
この場合に、Aが「Bと過ごす未来を奪われた(Bとの縁を断たれた)恨みからCを呪う行為」がカルマの法則に反するかどうかが知りたいです。
カルマの法則上は師匠が話していた通り、直接的に被害を受けている「B→攻撃者へのリベンジマジック」でないと成立しないのでしょうか?
師匠が他人の呪い問題への干渉について
「真偽の問題があること」「第三者の干渉はカルマの法則に合わないこと」から、「助けようとして関わるな」と非常に強く禁じており、
自分としてもそれを破ることは行わないよう意識していますが、
・自分はBが攻撃された場を目撃したこと
・突発的に発生した状況であり、もたらされた結果が自分にとって大きかったこと
・両者の言い分や経緯をある程度把握できていること
・Bを攻撃していた攻撃者は、一人を除きBとは無関係な間柄であったこと
・攻撃者のうち多数に、Bを攻撃する際の言動から「人と人以外の見分け方」にあるエナジーバンパイアの特徴を感じたこと
・現時点では、自分にはBと1対1で連絡可能な物理的手段がないこと
といった理由から、自分だけでは判断に迷ったので質問させていただきました。
また、Aである自分の立場として、現時点では
「再び自分とBが一緒に過ごせる機会を具現化する」「Bが心身の傷を癒され、立ち直れるように祝福や応援のエネルギーを送る」といった方法を行ったのですが、
他に可能な魔術的方法はありますでしょうか。リベンジマジック以外でも構いません。
・自分が再びBと過ごす機会を得られること
・Bが理不尽な攻撃を受けていた場合、それらから身を守れること
・Bが攻撃者から理不尽にエネルギーを奪われていた場合、そのエネルギーがBへ戻ってくること
を望んでいるのですが、アドバイスがあればお願いします。
A:これは重要な部分を幾つも含む質問じゃな。
まず今回の質問に答える前に、いくつか補足をしておくとしよう。
ワシがあの時点で他者への介入を強く禁じたのは、「他人が安易にお主に相談してくることに関して、お主は力がある故にそれに安易に応じてしまうケース」への懸念からじゃ。
お主のように真剣に物事を捉える者とは違って、世間一般の者にとってオカルトはファッションのようなものじゃからな。
根本の知識や仕組みを知らず、霊能を自分が目立つためのダシやナンパのための道具としてしか考えていない者があまりにも多い。
そうした薄い輩からの霊や呪い相談など、お主にとって百害あって一利なしじゃ。
こうした理由から他者のもめ事への介入を強く禁じていたわけじゃな。
ちなみに今回のケースじゃが、お主の話が全て事実として考察すると。
・Bはお主にとって、ほとんど身内のような者である点。
・Bが完全に理不尽な攻撃を受けている点。
・相手側が明確な悪意と攻撃の意思を所持している点。
・それによってお主とBの関係の時間軸や未来線、可能性などに多大な支障が生まれた点。
それに加え、お主自身が話していた。
・Bを攻撃していた攻撃者は、一人を除きBとは無関係な間柄であったこと。
・攻撃者のうち多数に、Bを攻撃する際の言動から「人と人以外の見分け方」にあるエナジーバンパイアの特徴を感じたこと。
などの要素を加味すれば、これは悪意ある者により身内を攻撃されたに等しいワケじゃな。
というよりは…お主の未来線に干渉をして殺しに来ている時点で、お主自身が攻撃されたのと同じなので、これは復讐の対象になりえる案件じゃ。
とはいえ、これはなかなか難しい内容であり、お主の話から見える範囲だと「その攻撃者にとってBはつるし上げてはじき出したい存在で、それを行った結果としてお主にも大きな被害が来てしまった」という感じなので報復する場合には、さじ加減がやや難しい所はある。
話を戻そうか。
答えを、まとめると。
・お主も被害を受けているので復讐の権利はある。
・お主のリベンジマジックに関してカルマの法則的に問題は無い。
・ただし、さじ加減は必要。
・今回の内容であれば、どちらかというとBとの縁を繋ぎ直すような方向性への力の行使が好ましい。
・が…悪意ある攻撃者たちにツケを払わせるのも(お主が裁きが必要だと感じたならば)一向に構わない。
といった感じじゃな。
ちなみに、お主が行った。
「再び自分とBが一緒に過ごせる機会を具現化する」
「Bが心身の傷を癒され、立ち直れるように祝福や応援のエネルギーを送る」は良い方法じゃ。
流石はお主じゃな!
加えてお主が提案した内容に関してじゃが。
・自分が再びBと過ごす機会を得られること。 ← これは10巻の願望実現化などでそれを願ったり、お主とBがまたコンタクトを取り合って楽しく会話しているシーンなどをイメージで思い描くなども良い方法じゃな。
・Bが理不尽な攻撃を受けていた場合、それらから身を守れること。← 遠隔的にバリヤーでBを守っているイメージを送ってやることや魔眼のブレスで力を送るのも良い方法じゃ。
・Bが攻撃者から理不尽にエネルギーを奪われていた場合、そのエネルギーがBへ戻ってくること。 ← これはイメージの中でBを思い浮かべて、そのBの周囲にエネルギーを吸い取るチューブや触手などがあったり、攻撃者のはりついた思念などを感じたらブレードでズタズタに切り裂いてやるのも良い方法じゃな。
後は、夢乃屋の魔道具エンキリバサミで、片方に「攻撃者たちの名前」片方に「Bの名前」を書いて、お互いの悪い縁が完全に切れるように儀式を行うのも手じゃ。
(ただしこの方法は、攻撃者たちとBが離れる結果として物理的にも距離が離れて、お主とBが会いにくくなる可能性もあるのでそこは注意じゃな)
お主は普通の人間に比べて意識の力があるので、お主がなりたい状態をイメージすれば、それが実現する度合いは常人に比べてかなり高くなるじゃろう。
最後になるが。
今回のようなケースでもしも復讐や攻撃をバランス良く行う場合には、やはり死神技法は優秀じゃ。
こうした複雑な内容は、各人それぞれの意図や都合があるために人の判断で裁きを行うと、やりすぎたり甘かったりとさじ加減が難しかったりする場合も多いからな。
それよりは、カルマの法則に任せてリーパーに裁かせた方がバランスが良い形に落ち着きやすくなる。
こうした「リーパー」の技法はエクスキューショナーシリーズの第二巻で学ぶはずだから興味があれば楽しみにしていると良いぞ。
2015/1/17 5巻の呪いに関する質問
Q:呪いをそらす技法についてですが、術ではなく物理的な行動による回避方法などはありますでしょうか?【魔法版】(魔眼版は魔王様の質問箱にて)
A:これはなかなか良い着眼点じゃな。
物理行動においての回避の基本は、現実世界での暗殺回避と同じ要領じゃ。
すなわち基本的には「自分の行動」をツイッターやMixi、ブログなどで逐一報告しないことじゃな。
例えば食事やそのメニューの写真、移動方法など、外敵に知られる情報が多いほどにサイコアタックに狙われやすくなる。
車で移動していれば「事故」をタイムリーに呪うことが出来るし、写真で食事の内訳がわかれば食中毒を呪うかもしれぬ。
外敵に与える情報が多いほど、それがリアルタイムであるほどに、呪いの攻撃精度は増して成功率も高くなるわけじゃ。
だから、そうした攻撃をそらしたい場合には、時間差でツイートするのをおすすめする。
具体的には「車で移動」とツイートした時には、既に移動を終えていたりとかじゃな。
これなら攻撃側は完全にとんちんかんな方向性で呪いを行うわけなので、呪いが一切かすらなくなるというわけじゃ。
また、食事の写真も前日の写真を使用したりすると、食中毒などで狙われにくくなるな。
出かけると見せかけて出かけない。
Aを食べると言っておいてBを食べる。
情報をズラして報告したり、フェイク情報を織り交ぜる。
これらはまさに現実世界の暗殺回避方法と同じじゃ。
後は生放送でも話したが、お風呂に入った時に全身を数秒間湯船に潜らせると、周囲の呪いが狙うべきターゲットを見失いやすくなる場合も多いので、湯船が広い場合はやってみると良いぞ?
これはプールなどでも潜水すると有効なので覚えておくがいい。
ちなみに富裕層が自宅プールやジムのプールを好むのは、こうした呪い回避の無意識も働いているわけじゃな。
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2015/1/15 5巻の呪いに関する質問
Q:呪いや力を奪われることについて質問があります。
以前、呪いを受けた時には「自分を信じて耐えて、乗り切れば力を得ることが出来る」と言われた時のことを思い出して、ふと思ったのですが。
呪いや信念体系による攻撃などは、どうして体を不調にさせる攻撃や、外部からのノイズでイライラさせたり、誤誘導で人を操ったりというやり方ばかりなのでしょう。
どうして魂や精神などの精神体本体に直接ダメージを与える攻撃をしてこないのでしょうか?
攻撃側の立場で考えると精神へのダイレクトアタックが一番効率が良い気がするのですが…単にそれに気付いていないだけなのか、肉体への攻撃が好きなのか…これには何か理由があるのでしょうか?
A:うむ、理由はあるぞ。
簡単に言えばそれが出来ないからじゃ。
まず第一に、ああいった卑しい存在は卑劣なことに関しては頭が回るし、倫理観がないから手段を選ばない。
そんな卑劣な輩たちが、精神体への攻撃という概念に気付かないわけがあるまい。
効果的な方法なのに行わない理由は1つしか無いな。
すなわち「できない」わけじゃ。
精神体だけの存在レベルや質で言えば、お主たちの方が奴らよりも遥かに上だからな。
お主たち人間が奴らに負けている部分は、肉体という檻に捕らわれているという物理的な部分だけじゃ。
だから、奴らはお主の精神を攻撃しないのではなく「攻撃できない」というのが本当のところじゃ。
故に、肉体的な不調やノイズで「お主自身の力をイライラに向けさせたり、誤誘導して仲間を攻撃させたり、互いに争わせたり」させるのが精一杯というわけなのじゃ。
これは他の世界では失笑モノの陳腐な手法ではあるが、物理世界ではなかなか効果的だし、知識がないと見抜けないからな。
奴らは自分たちがやれる範囲で最大の攻撃を行っているというわけじゃな。
さて…今話した知識を体感として身に付けるためには、まずは「存在の高等、下等」という概念について深く知らなければならない。
この世界でオカルトを学ぶ者がよく勘違いしやすい部分だが、まず…基本的には存在には性能差はあまり無い。
存在の高等、下等というのは、就いているポストの違いにすぎないと理解する必要がある。
お主の世界で例えると「会社」じゃな。
では、大企業で例えるとしよう。
まず、平社員…これがお主たち物理世界の人間が立たされているポストじゃ。
平社員の権限は少なく、閲覧できる情報も少ないし制限されている。
人脈やコネは少なく、資金も少ないし時間も与えられないから自由にできることが少ない。
しかしこれが幹部になるに従い閲覧できる情報も増えて、コネも増える。
動かせる金も増えるし、使える時間も増えていく。
経営者となれば更に情報が集まってくるし、自分からは働きかけなくても周囲の部下や人脈が有益な情報を持ち寄ってくる。
扱える金も多いし時間も多い。
どこへでも自由な所に行けるしバカンスも思いのままじゃ。
筆頭株主となれば、さらに有利じゃな。
コネにより確実なインサイダー情報としてオレンジが上がるとお主は知るとする。
普通ならオレンジの株を買うであろう?
そこに判断力や人格の高潔さは必要ないはずじゃ。
当然じゃな、上がることが確定しているのだから。
逆に平社員がオレンジで儲けようとしたら大変じゃ。
どれだけ分析をしようとも、それはほとんど丁半博打と変わらぬ。
そこに人格は関係ないし、判断力が優れていても勝てるとは限らない。
もちろん、投入できる金も少ないしな。
健康(性能)についてもそうじゃな。
専属の栄養士がメニューを組んで、スポーツトレーナーが効率的なフィットネスを指示する。
疲れたら常にマッサージを行い。
最高レベルの空調がきいた家に住み、無農薬の有機栽培品を食べる。
スケジュールも睡眠も自由自在じゃ。
これで健康(性能)を維持できないわけがない。
反面、平社員は激務に追われ、昼は牛丼で夜はカップラーメン、徹夜作業で朝はコンビニ弁当。
マッサージを受ける金も時間もないし、睡眠時間も与えられない。
全てにおいて差はつく一方じゃ。
しかしそこには、人格の要素は一切関係がない。
今の喩えを聞いて、何かを想像できなかったか?
そう…高次存在じゃ。
奴らの大半は上から目線で偉そうなことをべらべらと喋るが、今話した例を理解すれば、それが大したことではないということが一瞬で理解できるであろう?
「質問すればすぐに本当の答えが返ってくる宇宙のコンピューター」に繋がることができれば誰だって解答を間違わないし、肉体の束縛が無く、宇宙へ繋がって全てにおいて万全のサポートがあれば、誰だってその能力を極限まで伸ばすことが出来る。
つまり単なるポストや環境の違いだけじゃ。
そこに「人格レベル」は全く関係ない。
これがほとんどのオカルティストが間違う「高次存在のカラクリ」じゃ。
だから知識はあっても、性根が腐った悪意ある高次存在がいるという事実を人間たちは殆ど知らない。
実際の所、それは「品性下劣な勘違いが、たまたま良いポストに就いて、高権限コンピュータへのアクセス権を持ったから調子に乗っている」に過ぎない事象じゃ。
能力が高い=人格が高潔。
という間違った思い込みは「有名人だから人格が優れている」「一流選手だから高潔だ」というこの世界の間違った思い込みとそっくりじゃな。
だからこの世界では下品な経営者もいれば、本当に高潔で優れた平社員もいるという現象が起こるわけじゃ。
能力の上下と、存在の本質の貴賎は全く関係がないということじゃな。
これは、お主のような特殊な感性を持つ存在はともかくとして、大衆のほとんどが勘違いしやすい事柄じゃ。
さて…ここまで話してようやく物事の核心が見えてきたであろう?
やつらとの性能差やアドバンテージは単なる物理世界に根ざしたものに過ぎない。
だから有利な立場から肉体へ攻撃を仕掛けることが出来るだろう。
しかし…そこに魂の概念が入ったらどうじゃ?
魂は常に同じ土俵で戦うものじゃ。
そこでは格差やシステムの都合などは介在できず、純粋な魂の輝きとレベルだけで勝負が行われる世界じゃ。
同じ土俵であれば…この世界で鍛え抜かれたお主の魂が、安全な観客席からヤジを投げるだけの青瓢箪のようなインチキ存在に負けると思うか?
実際にやりあったら結果は明白じゃ。
これが、信念体系たちがお主の精神に攻撃を与えられない理由じゃな。
今の話によって、お主も「高次存在の見抜き方」が理解できたはずじゃ。
本当の存在としてのレベルを見たいならば、性能の上下ではなく人格で見極めるのは、すべての世界で共通の事柄じゃぞ?
こうした事柄を理解することで、この世界に降臨している自称神や高次存在たちが真の意味ではいかに下等で微妙なイカサマ存在かということも理解できるだろうし。
「神だから無条件に高等」「高次存在は我々ではとうてい理解できない高い存在」などとのたまっている人間は、実は知恵も洞察も持ってないことが容易に理解できるはずじゃ。
本来の人間の可能性とはそんな小さなものではないし、同時に、お主たちのそばにいる優しいガイドたちが能力、人格ともに真の意味で高等であるという事も深く理解できるはずじゃ。
まさに「真理はすぐそばにある」というわけじゃな。
今話した事柄はワシやリュエル、お主のガイドなら誰でも知っている内容じゃが、この世界では全く語られていない叡智や魔法のヒントも多分に含まれているからな。
しっかり覚えておくのじゃぞ?
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11/16の質問追記
そうじゃ。
完全に言い忘れておったが、先ほど話した「力を感じられなくなる」という案件は、実は単なる体調やノリの問題であったりする場合も多い。
他にも、運気的なタイミング調整の意味で、やる気やパワーが出ないケースもあるので、そういったものとごちゃまぜにならないように注意が必要じゃな。
一例で言うと…「稽古を進めていくと本来なら来月に気付きが起こり、それがキッカケとなり大きな理解となるタイムライン」があったとしよう。
ところがお主が稽古に励みすぎたためにその気付きが来週に繰り上げされてしまい。その結果、そこから連鎖する良い事案の流れがズレてしまうという事象もまれに起きる。
それは結果的には不利益な流れとなるので、そこでお主の体が勝手に気をきかせて、やる気やパワー、バイオリズムを落とすことで「まぁ、落ち着いて」とブレーキをかけてくれるわけじゃ。
これも一種の、進化のための自動システムじゃな。
とはいえ、割と紛らわしいのも事実なので、そのあたりは非言語で感じたり探ってみたりするのも良いかもじゃな。
とりあえず簡単にまとめるとするならば。
お主の力は決して他者に奪われるものではないのだから気楽に、あまり深刻にならず自分の力を信じて、時に流れに身を任せて休養も挟みながら楽しく自らの力を磨くのがおすすめなスタンスというわけじゃ。
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2014/11/16 5巻のサイコアタックについての質問
Q:大魔法使いちゃんに質問です。魔法の稽古がある時期を境にして、いきなり魔力というか充実的な感覚というかそうした体に満ちていた感覚や力が無くなった感じになりました。気負いが抜けてリラックスしたというよりは何か力がごっそり抜け落ちたというか他者に奪われたみたいな感覚です。これは一体何なのでしょうか? 何か対応策がありましたら教えてください。
A:ふむ、これもなかなか良い質問じゃな。
こういったものは通常、気のせいか力に慣れてしまった場合などにも起こりうるが、お主のケースはサイコアタックである可能性がとても高いので、いくつか必要な知識を教えておこう。
とある特殊なサイコアタックを受けた場合に「力が消えた」と感じてしまうケースは多い。
これは力を奪われたのではなく「持っている力を、持っていないと誤認させる攻撃」というのが実際じゃ。
実に陳腐な手法なのじゃが、通常こうした攻撃は何らかのアクシデントやトラブル、精神的なスキに乗じて放たれることが多く、運悪く罠にハマると、まるで自分の力が喪失したような感覚に襲われることがある。
「持っているのに持っていない」と相手に錯覚させる攻撃方法は、2つの意味において意外と有効じゃ。
まず1つめは、「持っていない」と思い込ませることで、実際にその力を人は使わなくなる。
使わなくなれば力は退化するし、力が弱れば場合によっては奪われることもある。
もう1つは、自分の意志による力の放棄じゃ。
これは「力をなくしたと勘違いさせる」ことにより、「他者の攻撃で力を奪われた」と相手に誤認させることが目的なのじゃ。
つまり…「力を他者に奪われた」というお主の思考自体が「自分の力を否定し、他者を自分よりも強い存在として捉えている」という自己宣誓となり、それにより自らの力の放棄が始まるわけじゃ。
「自分よりも相手が強い」と自分自身で思い込んでいるからな…結果そうなってしまう。
そうなってしまえば、もちろん力は他者に奪われやすくなる。
とうことで…種明かしをしたら何てことはない、手品まがいのイカサマ技法で、自分で自分の力を放棄させるよう誘導しているだけなのじゃ。
対策は簡単じゃ。
今の知識を理解した上で「力は自分にある」と認識するだけでいい。
「消えてはいない、自分の力はここにある」と理解し強く念じるだけで良い。
そうすれば詐術は消え去る。
まぁ当然じゃな。
魔法使いとなったお主の力をいきなりゴッソリと奪い取るなど、お主自身がそれを望まぬ限り絶対に不可能じゃ。
自覚はないかも知れぬが、既にお主はそういった領域に足を踏み入れはじめているからな。
あと、こうした詐術もサイコアタックなので、これを見破ると相手側の力も手に入れることができるからな。
結果的に攻撃した側は、お主の成長の踏み台になってくれたわけじゃな…フフフ。
他に依存しない、自力で練り上げた魔法の力は決して他者に奪われることがないからな。
今回のケースはそうした自覚を強める良い機会になったかもしれないのう。
Q:5巻のサイコアタックは念を固めて相手に撃つと言うことですが、念でブレードを作るか、もしくはブレードに念を込めてイメージした対象を斬ったり、ブレードをやりのように投擲しても効果はあるでしょうか? またそれをプラスの念(ポジティブな念)でやっても効果はありますか?
A:うむ、効果はあるぞ。
最近はこのあたりの質問や需要が増えているようじゃからな、いずれ放出系全般を学ぶ巻を出したい所ではあるが…。
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2014/11/9 5巻のサイコアタックについての質問
Q:例えば魔術等の知識や力を所持しない者でも誹謗中傷や暴言、名誉毀損は十分なサイコアタックとなり得るのでしょうか?
A:うむ、なり得るぞ。
例えばツイッターでの「横から失礼します」的なおせっかいやネット掲示板や動画投稿サイトでの荒らしコメントなど、そういった微弱な内容のモノでもうまく使えばサイコアタックに変化させることが出来る。
この技法は、コメ自体のパワーは通常人ゆえに大した事はないが、そのコメを見て反応する他の人間の怒りや反発心、不快な気分、嫌な気分などを刺激して、それを集めて膨らます事で結果的に動画内での言い合いや論争など発展させ、大きな破壊力にする事を目的としておる。
非力だが悪知恵だけ優れた者が使う邪法といった所じゃな。
大した技ではないが予防知識がないと、いいように操られる可能性があるので注意じゃ。
某掲示板でよく言われる「荒らしにレスは養分 スルーを推奨」というルールは、こうした上記の悪循環と連鎖を防ぐための知恵とも言えるな。
また、こうした内容のものは、荒らし本人が下劣であるというケースの他に、いわゆる「魔が差す」というような、本人の怒りや恐れ、嫉妬などの感情を手がかりに、そこにつけ込んで精神を半ば乗っ取り誘導・扇動させて他者を攻撃させるというやり方もある。
これはワシの友人の言葉で言うと、人の精神を奪うスナッチ(強奪)行為を行う存在「スナッチャー(snatcher)」による扇動のケースじゃな。
スナッチャーは人であったり、信念体系のような概念であったりする。
人の場合は、例えば…金で人を呪う拝み屋じゃ。
平たく言えば「あいつは今の支配に邪魔だから攻撃してこい」という命令を受けて呪いを実行する、実行犯のような者じゃな。
信念体系の場合は、この星に蔓延する思い込みのような間違った常識による扇動じゃな。
例えば「金が全て、そのためには何をしてもよい」「会社のために身も心も捧げるべきだ」「正義をかざせば何をしてもいい」「敗者には価値は無い 失敗者は蹴っても構わない」「人は絶対に苦労して歯を食いしばって生きなければならない」「自分が味わった苦労は若い者にも味あわせないと気が済まない」などのような、社会に蔓延する「常識に見せかけた、異常な理論」は、蔓延すればするほどに人の精神を無自覚に蝕んでいく。
信念体系が広めるそうした異常な理論は、ふとしたはずみで普通の人の心のスキをついて侵入し、無害な人間を「怒りにかられて他者を非難する攻撃的な人間」へと豹変させることがある。
そうした人間はまるで催眠術で操られた者のように、自覚無く他者を攻撃する場合があるからな。
Q:世間には、若者を意図的に苦しめようとする底意地の悪い老人が多い気がします。
こちらは何もしていないのに、どうして仇のような目でこちらを見て攻撃してくるのでしょうか?
これも、上記したスナッチに関わる内容になるな。
自分が間違っていることを絶対認めようとしない人間や、自分が味わった苦痛を他人にも味あわせたいと思っている者がお主の世界には数多く見受けられるが、
こうした者達は信念体系に長年侵食され続けたため、慈愛などの感情を持ちあわせない他者を傷つけるだけの信念体系のロボットのような存在に成り下がっているケースも多い。
こうした存在は、頑固で意固地で思い込みの激しい者、特に老人などによく見られる。
単純な話、マトモな人間なら「自分が苦しい目に遭ったからこそ、次の世代は幸せになってもらいたい」と考えるのが全ての世界での共通認識じゃ。
じゃが、お主の星だと「自分が苦しんだから、若い人間にも同じ苦しみを味あわせてやりたい。自分だけが苦しむのは不公平だ。歯を食いしばりながら生きるように仕向けたやりたい。しごいてやりたい」と考える年寄りが割と多い。
あれは異常じゃ。
どの世界と比較しても明らかに異常で、まともとは言いがたい。
あれは、バリヤーのような精神防壁を持たず、長年異常な信念体系に浸され続け、苦しみや辛さなどを味わい続けるとなってしまう末路の1つじゃ。
他のまともな世界から見たら、ありえない精神状態じゃな。
当の本人たちは自覚していないが、あれは地獄を広げる行為そのものじゃ。
ということで、魔術知識が無かったり、あまりも感情が激しくスキだらけで魔術的に無防備な者というのはスナッチされやすので注意じゃ。
スナッチされないためにも、人は頭を常にバランスよく、柔軟で冷静な状態に保つ必要があるし、時折は呪い返しをしたり「本当にこれは自分の意志か?」と精神チェックする必要性がある事を覚えておくが良い。
2014/11/6 5巻のサイコアタック・呪いについて質問
Q:サイコアタックの攻撃について、何か良いリベンジの方法や避け方、判別方法などはありますか?
A:ふむ…これはこの11月頭に、いくつかの実例があったようじゃからな。
丁度いいので5巻の内容に補足する形で教えようかの。
まずサイコアタックじゃが、これは「相手が理不尽な理由で攻撃してくるもの」というのは以前教えたとおりじゃ。
サイコアタックで攻撃された場合のパターンとしては「昼間まで調子が良かったのに、夜になったら理由無く、いきなり体調が崩れた」のような、特に思い当たるような原因や体に負担のかかる事をしていないのに、いきなり不調になったり心身のエネルギー不足に陥ったり、背中や肩にのしかかるような重さや疲れが出た場合などは特に怪しい。
いわゆるこれは、体に対するサイコアタックじゃな。
後は、怒りや悲しみなどが普段よりも激しくなり、まるで自分の意志ではなく、突き動かされるように他人を攻撃することもある。
これは乗っ取り型のサイコアタックじゃな。
いわゆる昔でいうところの憑き物の術であり、現代風に言えばマインドジャックといったところか。
一例としては、頭が無駄にカッカしたり、感情が止められなくなったり、顎がいつもよりも少し上がって後頭部の盆の窪から何か力のベクトルのようなものが脳へと入ってくる感じなどがあるな。
前者は比較的不自然さがあるため分かりやすいが、後者は自覚しにくいことが多いため注意が必要じゃ。
対策策としては、呪いかどうかの判断がつきにくい場合でも、まずはブレードを取り出すのじゃ。
そして5巻の2個目の呪い返しを行うか、もしくはブレードを持ちながら「攻撃設定…自分が意図していない全ての不利益な要素と状況と…自分がまだ感知していない悪意や呪い」と念じてブレードの攻撃設定を行い、周囲の空間をひたすら無差別に徹底的に斬りまくるのじゃ。
この斬撃は3~5分くらい行えば充分かの。ついでに自分の体内も斬って浄化しておくと良いな。
切り裂いている途中はキツイが、その後おおよそ30~60分後にふっと楽になったら、それはサイコアタックを受けていた可能性が高い。
後者も同じやり方でOKじゃが、その時に「この意志は本当に自分の意志か? 何か他の存在に突き動かされていないか?」と冷静に自問自答するのも良い手だし、「この意志は誰の意志だ?」という言霊も有効じゃな。
これらのサイコアタックは受ける側にとっては迷惑な話ではあるが、逆に良い点もある。
こうした呪いを今のような方法で対策した場合、呪いは跳ね返り、掛けた側に向かうことになる。
理不尽な理由から行われるサイコアタックは不自然な技法で、元々がハイリスクローリターンなものじゃ。
なので、こうして呪いを跳ね返されると、掛けた術者は力を失い、呪いをかけられていたお主の方へとパワーや能力が移る。
サイコアタックに対応し、完全に体が復調した時に前よりも元気になったり鋭くなっていたら、それは攻撃側の力を奪い取ったわけじゃ。
今教えたブレードの対応技法は、その攻撃設定の性質上、呪いでない場合でも特にペナルティは生まれないからな。
だから、なにか不調や不自然さを感じたら、何はともあれまずはブレードで周囲を切り裂く!という癖をつけておくと良いぞ。
そうすれば呪う側も、迂闊にはお主に手を出してこれなくなるからな。
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2014/11/4 5巻の呪いに関しての質問
Q:サイコアタックはネガティブな念を送ることで行いましたが、逆にポジティブな念を送ると回復的なことが出来たりするのでしょうか?
また、サイコアタックを人に見られるとまずいというのは、意識が呪いの対象から見た人にそれるためでしょうか?
A:鋭い着眼点の質問でニヤニヤしてしまうのう。
自分の攻撃の念を他者へと送れるのなら、応援やエネルギーも送れるというお主の推測は正しい。
基本的には攻撃をイメージするパートで、相手が良い状態になっている事をイメージしてから、それをリリースすれば良い感じじゃな。
「攻撃」を「応援や回復」に変換するだけで良いので、実際の使用にあたってはたやすく行えるはずじゃ。
また、人に見られるとまずいのというのはお主の言うとおり、見た人間へとターゲットが逸れてしまいやすいというのも意味の1つじゃな。
後は、呪いというのはデリケートなので「他人に見られた」という自覚が生まれた時点で極限の集中はできなくなるし、意識が散ってしまう。
呪いというのは念の圧力がかなり重要じゃからな、見られることで圧力タンクに穴が空いたようになるわけじゃ。
また、他人に見られずに行うという制約自体が、念の圧力を高める効果がある。
丑の刻参りが決して他人には見られていけないというのは、実はこの「制約による念の圧縮効果」を生み出す目的が大きいのじゃ。
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2014/8/20
第五巻 呪いについての質問
Q:「人を呪わば穴二つ」という言葉、あれは本当なのですか?
A:嘘じゃ。
この間違った知識が世に広まったのには大きく分けて二つの背景がある。
一つは搾取層による意図的な流布じゃ。
本来の呪いは自然の法則であるし、発動すると恐ろしい力じゃからな。
洗脳や不誠実な手段で大衆からたっぷり搾取している輩たちは、こうした大衆が使える強大なカウンターパワーを好まぬ。
これは当然じゃ。
搾取されている者たちが真実に気付いて怒り、一斉に呪いを放ったら、搾取している者たちはひとたまりもないからな。
じゃから、そういった不都合な事が起きるのを防ぐために、自らの保身として「呪いは危険だ」というデマを広めた部分が大きい。
民衆には禁止しておいて、自分たちはその力をこっそりと使う。
お主の住むこの世界の搾取層たちは、相も変わらずやり方がワンパターンじゃな。
そして二つ目。
これは先ほどの搾取層たちのデマを真に受けてしまい、自らの意思でドツボにハマるケースじゃ。
呪いは行使側の意識に忠実じゃからな。
術者側に後ろめたい気持ちがあれば当然呪いは術者自身に降りかかってくる。
つまり、人を呪わば穴二つの現象とは、呪いに対する無知な者たちがデマに惑わされ自ら引き起こした事象というのが大半じゃ。
あとは本編でも話した通り、自分が悪いのに理不尽な逆恨みをして呪いをかけた場合じゃな。
呪いというのは正しい知識と本来の法則を知っていれば害になるわけが無いものじゃ。
というより…呪われる者たちは既に明確に恨まれる理由があるわけじゃからな。
世界のバランス的に考えるならば、本来は加害者に罰を与えた方がカルマ的には丸く収まる場合が多い。
逆に言えば加害者側は、裁かれずにいつまでも安全でいる事の方がはるかに危険じゃ。
そのままでいると加害者側はとてつもなくカルマが膨れ上がり、最終的には多重債務で返済不可能になってしまうからな。
それに比べたら、ある意味ではこの世で明確な罰を受けたほうがまだマシなのじゃが、搾取層は痛みを過剰に避けようとする臆病で物事の道理がわからぬ者が多いからな。
金や権力や宗教の力に頼り、カルマの借金を力技でご破産にしようとする。
じゃが、カルマはそんな事で清算できる甘い代物ではない。
それどころか小賢しい真似をした罪で更にカルマは膨れ上がり借金が雪だるま式に増えていくのじゃ。
そしてそれを返すためにまた小細工に手を染めて…と悪循環を繰り返す。
まぁ、このあたりの浅はかさは実に奴ららしいな。
ビジネスの貸借対照表は読めても、カルマの貸借対照表は読もうとしないのは質の悪い冗談としか言いようが無い。
とりあえず、このカルマの知識や怖さは、第六巻のレトリーバルで触れていくから覚えておくと良いぞ。
2014/8/10 第五巻 呪いについての質問
Q:サイコアタックとリベンジマジックには違いがあるのでしょうか?
A:基本的なやり方については同じと思ってよいな。
大きな違いは、呪いをかける背景の違いじゃな。
リベンジマジックというのは「相手から不本意な攻撃を受けた時に行う正当な理由を含む復讐の術」であるのに対して、サイコアタックは単に「自分の都合だけで相手を攻撃する術」であるといえる。
似ているようで本質的には大きな違いじゃ。
サイコアタックの場合は、自分の身勝手な気持ちから行うことができるし、いわゆる呪い屋・拝み屋などがクライアントからの依頼で、憎くもない相手を呪う行為も含む。
こうした一方的な自分の都合だけの攻撃法を今回は便宜上サイコアタックと称しておる。
もちろん、このやり方は本編でも教えた通り、自分勝手なやり方の分、ハイリスクローリターンな術になる。
それに対してリベンジマジックの場合は、相手に何かをされてからの復讐となるため非常に自然であり、ローリスクかつハイリターンな内容になるな。
呪いというのは自分に非があるか、相手に非があるかによって全く意味が変わってくるからな。
行うならリベンジマジックにしておくことがオススメじゃ。